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深澤:あのね、タナカさんと僕はすごく似ているところを見ているんですけれど、ほとんど人間の無意識の状態というか。あんまり自分の歩いていることを自分で知っていたりしないでしょ。
勝:ええ。
深澤:だからあんまりケアしていないんですよ。自分がすごくスムーズに世の中を生きているときには、そんなことをあまり考えていないんです。実はそういうところがリアリティーがあって。それはなかなか簡単には見えないんです。
例えば、タナカさんがやったユニクロのCM。音が全然しないのに、ガーッと画面でホワイトノイズっていうのが入ってるんだけど。そのときに、ググッと寄るんですよね。普通の人はそんな音は聞こえてないんですよ。でもそれがいきなりテレビでから流れるからオッとくる。で、踊ってるから、その間(ま)みたいなのに引き寄せられちゃう。でも、それは作られたものじゃなくて、現実に普通にあることなんですよね。それをメディアという加工されているところでウワッと出されるから「なんだ、これ」っていうかたちで寄るんですよね。
さっきの謝罪広告もちょっと似てるんだけど、急にシーンとなって女性のアナウンサーが謝り始める(笑)。それが結構引き付けられるのと同じように、リアリティーって過激なんですよ。知らないリアリティーって。そういうのを僕らは飲んでて話していると止まらなくなっちゃう。そんなことばっかり見ているんですよね。
勝:日常、歩いている中でもいろんなところで起きているんですね。そういうことって。
深澤:起きてますよ。
勝:気付いているような、気付いていないような。でも、どっかで頭の中で残っているんですよね。
タナカ:今までの末来のデザインって、どっちかっていうと冷たいものって印象が多かったんですよね。頭の中で考えていただけで終わってたんですね。
でも今は、頭の中で純粋に概念だと思っていることと、体とか、さっき言ったフィット感みたいなものが意外とずれていて、頭の中でできていたものの計算によってできているから、人に対して未来は冷たいみたいなことがあったのが、やっぱり深澤さんがやられたこの仕事っていうのは、やっぱりすごい身体的なところというか、感覚というか、官能的なところというか、そういうことがあるんです。だから意外とそういうのって、まじめとふまじめが同居しているみたいな(笑)。まじめにすごく考えてるんだけど、途中でいきなりふまじめになる。
タナカ:普通は「コレ、違うんじゃないの?」「こういうのってデザインにならないんじゃないの」って言うものも、みんながやっているってことは、みんなの中に眠っている欲望の表れだったりするんじゃないっていうことで見ていたりする。そういうところに共通なところがあるんじゃないかな。
深澤:そうね。カメラで動画とか撮っていると、時間のタイミングってもう1秒以下でしょ。1秒以下っていうか、どれくらいの単位で変わっていくことでキャッチしていかないと、相手に伝わっていかないんですかね。それって、もうだいぶ実際のテクニックとしてはタナカさんは知ってるんですよね?
タナカ:だいぶ鍛えられたところはあるかな。今回はやっぱりCMを作りたかったんですよ。なかなかグラフィックだけじゃ伝わりきれないかなと思ってて。触覚に訴えかけるというか、やっぱり触ってみたときに、見た感じよりもさらにびっくりするところがあって。それをどう触ってみたくなるように伝えていくかっていうときに、たぶんグラフィックの広告だけだとなかなかこの感覚が難しいんですよ。それこそ、現物をみんながフリーに持って行けるみたいな(ことでもなければ)。たとえばそういうポスターとかを作ればまた別なんでしょうけれど。
そういう意味では、映像ってそういうところが少し出せるんですよ。でも、これを触っている人を登場させても触っている感覚にならないわけ。それよりは、映像っていう時間だったり、音だったり、写真的な光とか、そういう映像の空間の感覚的なことがあるじゃないですか。耳と目と体を通していくもの。そのことを分解してやっていくと、ムービーだともしかしたらこの感覚って伝えられるのかなって気がしてるんです。
そういう意味では僕自身があんまりセリフとかストーリーとかっていうよりは、いわゆる専門用語でいうと、空気の音のSEとセリフと音楽ということも一つの音空間として考えてるんで、あまり音楽というジャンルとかセリフとかナレーションとか、そういうふうに考えてないんですよ。そこらへんはちょっとほかの人とは変わっているところかな。